Eric Sink on the Business of Software
ブログのまともな更新も、ずいぶんと期間が開いてしまった。リハビリ感覚で、最近読んだ本の感想をば。結果、長くなってしまったので注意。
Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方
- 作者: Eric Sink,エリック・シンク,青木靖
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2008/09/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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つまんないビジネス書かと思って本を閉じかけている人はちょっと待って欲しい。
Ericの文章は明快でユーモアがあり、とことん実践に裏打ちされている。日米の文化的な違いや会社のビジネス形態による差異というのはあるだろうが、彼の姿勢や実践から学べることはたくさんあると思う。
ビジネス書なんて滅多に読まないけど、序文を立ち読みしてたら引き込まれて買ってしまった。基本的には、Ericのエッセィブログをまとめた形になっていて、起業のための順序立った流れになっている。以下、気になった箇所をピックアップします。
Ericのキーワードは、"小さなISV"。ISVは、"独立系ソフトウェア会社(Independent Software Vendor)"の略で、自社でソフトウェアを作って、売る会社のこと。例外はあるけど、まあ一番シンプルなのが"自分達で作って売る"というスタンス。
小さな会社じゃ誰も褒めてくれない
小さな会社にはスポットライトが当たりにくい現実に対して、
しかし小さな会社だって祝福に値する。小さなISVで働くことにはとてもクールなところがある。顧客に対してずっと親近感がある。大会社における政治やディルバート*1的なものはほとんどない。小さな会社はライフスタイル志向でありながら収益性を高くしうる。
この本は小さな会社について書かれた本だし、Eric自身も小さなISVを経営している、という贔屓目を差し引いても、ライフスタイル志向、というスタンスには惹かれるものがある。やっぱり、生活と何らかのリンクがないとつまらない。
製品を何にするか決める
会社を始めるにあたって、何を作るか、というくだり。端折って突然会社を始めることになっている点は勘弁。
今はまだ信じられないかもしれないが、アイデアには基本的に価値がない。<略>
ビジネスの世界では、アイデアに値打ちはない。本当の価値はうまく実施することでもたらされる。
その理由は、価値というのはリスク/報酬の比があるところにのみ生まれるものだからだ。アイデア自体はリスクを伴わないから、報酬をもたらすこともない。一方で実施にはリスクが伴うので、報酬につながるのだ。
"アイデアに価値がないのは、リスクを伴ってないから"という主張には大いに同意。手動かさないと、何もしてないのと一緒。
ギークの支配とMBAの戲言
Ericは、ソフトウェア開発者がデベロッパ以外のタスクにも適用可能なことを主張するのだけど、最後に1つ。ジョエル・スポルスキー*2の文章から。
プログラミング言語は主としてビジネス上の要因によって選択される。私はほとんどの時間であまり好きでない言語を使っているが、それは私の好きな言語にはビジネス上での欠点があり、それが技術的な利点を超えているためだ。それがこのゲームの本質なのだ。この状況(自分の選択)を受け入れるか、それとも別な会社を探すか、JavaやPythonなんかを仕事で使えないことに不平を言うというのは選択肢にないのだ。
意見を聞いてもらいたいなら、バランスというのを学ぶ必要がある。
バランスをとるというのは、非常に難しいなと感じる今日この頃。ただ、不平を言ってる時間は極力減らしたいと思ってる。
採用の危険
次は、人を雇うシチュエーションの話。もちろん「最高」の人を雇いたいところだが。
最高の人々というのは決して学ぶことをやめない。
単に成功したいと思っている人を雇うべきだと言っているのではない。誰でも成功はしたい。私が言っているのは、絶えず学び続けることに真剣な人を雇うということだ。
そういう人をどうやったら見つけられるだろうか?この姿勢には比較的わかりやすい前提条件があることがわかるだろう。絶えず学ぶ人々というのは、自分が何を知らないか知っている人々だ。彼らは自分の弱点を知っており、そのことについて人に話すのをためらわない。
"知らないことを恐れない"ってことなんだろうな。素直にアウトプットできる人はそれだけで魅力的だと感じる。
コードを見よう
テレビを見るのは時間の無駄だ。しかしプログラミングは違う。
テレビは(多くが)無駄だよ。そんだけ。
すごいハッカー!=すごい社員
かのポール・グレアム*3に真っ向から向かう。すごいハッカーを雇いたいという前提から崩す。
グレアムが正しいなら、すごいハッカーは自分の作ったソフトウェアを使う人々を助けようとしない人ということだ。小さなISVではそのような人を必要としない。
周りがフォローして、上手くバランスがとれる場合もある気がするので一概に賛成はできなかった。まあ、会社にコミットする、ということの意味、として自分は受け取った。
マーケティングは後処理ではない
私たちのコード中心の視点により、マーケティングはコーディングが終わったときに始まるといった考えに陥りやすくなる。良いマーケティングはそのような働き方をするものではない。マーケティングは後処理ではないのだ。
その理由として、ポジショニングの話になる。ポジショニングの基本的な考え方は、製品をどのマーケットのどの人々に、どう思われたいか、というもので
マーケティングは世間に自分の製品を言い広めるだけではない。マーケティングはどんな製品を作るか決めることでもあるのだ。得たいと思うマーケットポジションに合わせて製品をデザインし、構築する必要がある。
戦略的に、ニッチなマーケットを狙うビジネス、というのがEricの根本的な方向性な。マーケティングの章でそれが一番あらわになる。そういうものだろうな、と思った。
年相応に振る舞う
次は製品を売る段階の話。上から下に順に顧客層は遷移していって、アーリーアダプターと実務家の間にキャズムがある。
- アーリーアダプター
- 実務家
- 保守派
- ラガード
実務家と保守派の段階では、さらによく耳を傾けること。これらの人々はあなたとは違っている。あなたはギークで、技術自体に興味がある。一方彼らはただ問題を解決したいと思っていて、何であれ彼らが直面している問題について聞かずにわかるとは思わないこと。ちなみに言っておくと、変なのは我々のほうであって、彼らではない。
Ericは一貫して顧客志向。だけどちょっと無理して言ってるんだよ、てニュアンスが伝わってきて面白い。この考え方は、この章でちょくちょく出てくるので楽しかった。言ってることは正しいと思う。
ゲームは進む
最後に、ソフトウェア製品が似ているものをいくつが挙げてるんだけど、"オスカー"を1つだけピックアップ。
「最高」の製品が常に勝つわけではない。
私たちの仕事は私たちが最高だと思う製品を作ることではない。私たちの仕事は、彼らが最高だと思う製品を作ることなのだ。もしこれを受け入れられないのなら、あなたの職業の選択は自分で思っているほど合ってはないのかもしれない。
もうこれはその状況を楽しめるかどうか、て話になりそう。どれだけ自分の興味とマッチングできるか。自分のマーケティングになるのかもしれない。このへんはまだ答えが出てないので、もうちょっとグツグツ考えることにする。
と、まあこんな感じで、全体を通してソフトウェア企業の作り方について書かれた本なんだけど、それに留まらないEricという人のユニークな考え方に触れることができた。別に起業したいとか思わないけど、考え方として的確で理に適っていて、新鮮な部分もあって、楽しく読めた。
装丁が地味なのがまた良い。平積みになっててもまず目に止まらないだろうなあ。