純喫茶ローレンス

金沢にきたのに、兼六園にも21世紀美術館にも寄らずに喫茶店にきてしまった。





薄暗い階段をあがり、恐る恐るそのドアをあけて中に入ると、女主人はこう言った。

「あなたはお客様?」

とまどって答えられずにいると、主人は続ける。

「いえ、お客様じゃない方もたくさんいらっしゃるものですから、取材とかね、その他にもたくさん・・・。お客様でしたらいらっしゃいませ。」

かろうじて「客、です」と答える。

「どちらに座りますか。こちらは五木寛之さんがものを書かれていたソファよ。もうずいぶん昔のことだけれど。今はもうこないわ」

後で知ったことだけど、五木寛之氏は以前、この喫茶店に入り浸り、執筆活動に勤しんでいたそうだ。直木賞受賞の知らせも、この喫茶店で受けたのだとか。
そのソファには先客がいたので、奥の別席に腰を下ろす。

「何をご注文なさる。こちらがメニューです、とはいっても半分ぐらい出せないけれど。右半分は全滅です、左半分もこれとこれは出せません。純適当喫茶なのよ。
アイスコーヒーでいいのね、それなららくちんよ、冷蔵庫から出すだけだから。」

まだ自分の身に何が起こっているのか理解できずに、アイスコーヒーを注文する。











「植物が形を保ったまま、枯れていく姿が好きなの。だって、人間も同じでしょ」

「見て、このお花、今朝までつぼみだったのに、あっという間にこんなに開いたのよ。」


黒電話とシルバーの真新しい冷蔵庫。枯れた花と、今朝はつぼみだった花。目の前の109ビルと、純喫茶ローレンス。今、自分がどこにいるのか忘れかけるような時間だった。

というわけで、今日は結婚式です。盛大に祝ってきたい。